比較と優劣を混同すると苦しくなる理由
「人と比べるのをやめましょう」
そんな言葉を見かけることがあります。
確かに、誰かと比べて落ち込んだり、自分を責めたりしてしまうなら苦しいですよね。
でも私は、
比較すること自体は悪いことではない
と思っています。
なぜなら、私が行っているパーソナルカラー診断も、実は比較の連続だからです。

比較しないと似合う色はわからない
例えば、
イエローベースのドレープと
ブルーベースのドレープ。
どちらも単体で見たら
それなりに見えます。
でも実際に顔の下に当てて比較すると、
・顔色が明るく見える
・肌がなめらかに見える
・目力が出る
・疲れて見える
そんな違いが見えてきます。
比較するから違いがわかる。
比較するから特徴が見える。
つまり比較とは、
違いを認識するための道具
なんです。
苦しくなる比較は何が違うのか
問題は比較そのものではありません。
比較したあとに、
「だからこっちが上」
「だから私は下」
という優劣判定を始めてしまうことです。
パーソナルカラーでも、
SpringがSummerより優れているわけではありません。
AutumnがWinterより価値があるわけでもありません。
ただ違うだけ。
それぞれに魅力があります。
でも私たちは人間関係になると、
違いを見た瞬間に優劣をつけてしまいやすい。
あの人は行動力がある。
私は慎重。
本来は違いなのに、
いつの間にか
「あの人はすごい」
「私はダメ」
に変換してしまうんですね。
比較は悪ではなく、情報収集
私は人を理解することも同じだと思っています。
自分にはないものを持つ人を見る。
その時、
「負けた」
ではなく、
「こういう在り方もあるんだな」
と見られたらどうでしょう。
比較は自分を傷つけるためではなく、
世界を知るために使えるようになります。
人と比べた時に確認したいこと
もし誰かと比べて苦しくなったら、
こんな問いを自分に向けてみてください。
今私は「違い」を見ているかな?
それとも「優劣」をつけているかな?
違いと優劣は別物です。
似合う色に優劣がないように、
人の個性にも本来優劣はありません。
比較は悪者ではない。
比較したあとに、自分を裁き始めることが苦しさを生み出している。
そう考えると、
人と比べてしまう自分を責める必要も少し減るのではないでしょうか。
