「最近、なぜかこの色ばかり選んでしまう」 「いつもは選ばない色が、急に気になるようになった」
そんな経験、ありませんか。
色彩心理では、赤は情熱、青は冷静、黄色は明るさ、というふうにそれぞれの色に心理的な意味が紹介されています。ただ私は、色を使って人を理解するとき、「この人は赤だから、こういう性格」という決め方にはあまり興味がありません。
知りたいのは、「なぜ今、この人はこの色を選んでいるんだろう」ということ。色は人を分類するための答えではなくて、その人を理解するための仮説材料として使えるものだと考えています。
「赤いものを持っている人は怒りっぽい?」と聞かれたら
以前から、たまにこんな質問をされることがあります。
「職場の人が赤いものをよく持っているんだけど、どういう性格ですか?」 「面接に来た人が黄色いものを持っていたんですが、どういう傾向がありますか?」
こう聞かれたとき、私はいつも「持ち物だけを見て、性格がこうだとは言えないんです」と答えます。
赤には「行動」「生命力」「主張」「情熱」といったイメージがあります。でも、だからといって赤を持っている人が行動的だとか、赤を好む人が怒りっぽいとは決められません。その人が赤を選んでいる理由は、一人ひとり違うからです。昔から好きだったのかもしれないし、最近選ぶようになったのかもしれない。誰かに「赤が似合う」と言われたのがきっかけかもしれないし、仕事や生活の中で目にする機会が増えただけかもしれません。誰にも話したことのない思い出が、その色に紐づいていることさえあります。
だから色を見たら性格を当てるのではなく、「この色を選んでいる背景には、何があるんだろう」と考えるようにしています。
赤は「行動する人」の色だけじゃない
赤は一般的に、情熱・行動力・活力・強さ・怒り・攻撃性といったイメージで語られることが多い色です。私の理論でも、赤は「生きる・動く・行動する」という生命の根源的なエネルギーと関係しています。
ただ、ここにはもう一つの側面があって、それが「頑張りすぎること」なんです。
赤のエネルギーがちゃんと働いているときは、「やってみよう」「動こう」「自分で何とかしよう」という力になります。自分の身を守ることもできるし、必要なときには「NO」と言うこともできる。でもその力を使い続けてしまうと、「私がやればいい」「私が我慢すればいい」「まだ頑張れる」「ここで弱音を吐いたらいけない」という方向に向かってしまうことがあります。本来は自分を生かすための力だったものが、使いすぎることで過剰な責任感や我慢、自己犠牲として表れてしまう。
なので赤を見たときに「怒りっぽいのかな」で終わらせなくてもいいんですよね。「今、ものすごく頑張っているのかもしれない」「自分で抱えすぎているのかもしれない」「本当は疲れているのに、まだ動こうとしているのかもしれない」——そういう仮説も同じくらい成り立ちます。
色だけでは、その人の性格はわからない
「色を見れば性格がわかる」とは考えているわけではないです。
色と感情や心理には一定の関連が研究されていて、赤が高い覚醒や力強さと結びついたり、青や緑が穏やかさや低い覚醒と結びついたりする傾向は報告されています。ただ色の意味は一つに固定されているわけではなく、文化や環境、明るさや鮮やかさ、そしてその人自身の経験によっても変わっていきます。
だから「赤=怒り」と一つの答えを当てはめるのではなく、「赤にはこういう性質がある。この人の場合は何が当てはまりそうだろう」と考える。私はそういう使い方をしています。
なぜ今、その色を選んでいるのか
色を仮説材料として使うとき、こういう可能性を検討します。
ずっと好きな色。 子どもの頃からずっと好きで、何年経っても自然と選んでしまう色には、その人の長期的な好みや価値観、経験が反映されている可能性があります。「その人らしさ」を考える材料にはなりますが、それでも「この色だからこの性格」とは決めません。
最近急に気になり始めた色。 今まではほとんど選ばなかったのに、最近になって急に気になる。これは長年の好みとは少し違っていて、生活環境や仕事、人間関係、自分の気持ちが変わったサインかもしれません。「今、何が変わったんだろう」と問いかけたくなる瞬間です。
誰かに褒められて好きになった色。 「その色、似合うね」という言葉がきっかけで、今まで興味のなかった色を好きになることもあります。これは色そのものというより、「その色を選んだ自分が他者から肯定された」という経験が、色への好意につながっている可能性がある、というのが面白いところです。つまりその人の「好き」は、必ずしも自分だけで作られているとは限りません。
よく目にする環境の色。 身近にその色がたくさんある、仕事場がその色で統一されている、好きな人がその色をよく使っている——そういう環境の影響も無視できません。人は繰り返し接するものに親しみを感じやすくなることがあるので、「最近この色が好き」という事実だけでなく、「最近、その色をどれくらい見ている?」という視点も持っておきたいところです。
その人だけの色の記憶
同じ赤でも、同じ青でも、同じ黄色でも、その人にとっての意味は同じじゃないんですよね。
たとえば子どもの頃に「ピンクは妹の色」と言われて育った人がいたとします。その人にとってピンクは、一般的に言われる「優しさ」や「可愛らしさ」ではなく、「自分には選べなかった色」という記憶と結びついているかもしれません。逆に「あなたはこの色が似合うね」と何度も言われて育った人には、その色が「自分らしい色」になっていることもあります。
だから色を読むときは、一般的な色の意味だけじゃなく、その人自身の記憶を見ることも大切です。
色を見て、答えではなく問いを探す
例えば「赤を選んでいるから、怒りっぽい人」ではなくて、「赤には行動や生命力という性質がある。この人の場合、今それはどんな形で表れているんだろう」と考える。仕事をものすごく頑張っている人なら「行動力が強いのかもしれない」と考えられるし、同じ人が「最近ずっと休めていない」と言ったなら、「頑張る力を使い続けて、我慢や自己犠牲の方向に傾いているのかもしれない」という見方もできます。同じ赤でも、見えてくる仮説は変わってくるんです。
色を人理解に使うメリットは、性格を当てられることじゃなくて、相手への見方を一つ増やせることだと思っています。「この人は面倒な人だ」「怒りっぽい」「冷たい」と決めてしまうと、そこで思考が止まってしまう。でも「もしかしたら今かなり頑張っているのかもしれない」「自分を守ることで精一杯なのかもしれない」「伝え方を変えたら届くかもしれない」と考えられたら、関わり方も少し変わってきます。
人は一色ではありません。環境によっても経験によっても変わるし、疲れているときと元気なときでは表れるものも違います。だから色を固定された性格診断にしてしまうより、今のその人を理解するための座標として使ってみる。それが、私の考える「色で人を理解する」ということです。
これは他人だけの話でもなくて、自分が最近どんな色を選んでいるかを見てみるのも面白いものです。昔から好きな色、最近急に気になる色、誰かに褒められて好きになった色、気づけば身の回りに増えていた色。それぞれに違う背景があって、「私はなぜ今、この色を選んでいるんだろう」と問いかけてみると、「最近頑張りすぎているかも」「本当はもっと自分らしくしたいのかも」「誰かに認めてもらいたいのかも」——自分でも気づいていなかった思いが出てくることがあります。
パーソナリティカラー理論について
私が提唱している「パーソナリティカラー理論」は、色だけから人の性格や人格を診断するものではありません。色彩に関する知見を土台にしながら、色を人や自分の現在地を理解するための仮説材料として活用する、私自身の実践的なモデルです。色から答えを決めるのではなく、色をきっかけに人を理解するための問いを増やしていくことを大切にしています。
ブログ記事一覧 人と自分を理解する色彩心理とパーソナルカラー
