前回の記事では、
「自分の気持ちがわからなくなるのは、脳があなたを傷つきから守るためにかけている『麻酔』のような状態なんだよ」
というお話をしました。
その記事を読んでくださった方の中には、
「自分の気持ちも分からないけれど、そもそも好きなことが何もないんです」
そんな風に感じた方もいるかもしれません。
・やりたいことが見つからない
・趣味がない
・昔は好きだったことが楽しくない
・SNSを見ていると、自分だけ何も持っていない気がする
そんな状態になると、
「私はつまらない人間なのかもしれない」
「もっと夢中になれるものを見つけなきゃ」
と焦ってしまいますよね。
でも私は、好きなことがわからなくなっているのは、感性がなくなったからではないと思っています。
むしろ、これまでたくさん頑張ってきたからこそ起きることなのかもしれません。
好きを感じるアンテナが休んでいる
私たちは傷つく経験を重ねると、
無意識のうちに心を守ろうとします。
自分の気持ちを伝えて否定された。
好きなものを笑われた。
やりたいことを反対された。
そんな経験が積み重なると、
脳は
「もう傷つきたくない」
と学習します。
すると、
嬉しい
楽しい
好き
という感覚ごと、少しボリュームを下げてしまうことがあります。
まるで、好き嫌いを感じるアンテナの電源を一時的にオフにしているような状態です。
だから、好きなことがわからなくなっているのは、感性が枯れたからではありません。
それだけ一生懸命、自分を守ってきたということでもあるのです。
焦るほど見つからなくなる理由
好きなことが分からなくなると、
人は焦ります。
SNSを開けば、
・好きな仕事
・好きな推し
・好きな趣味
・好きな生き方
が並んでいるからです。
すると、「私も何か見つけなきゃ」と必死になります。
でも好きなことは、焦って探しに行くほど見つからないことがあります。
なぜなら、好きという感覚は、目標ではなく感覚だからです。
頭で考えて見つけるものではなく、心が反応することで見えてくるものだからです。
「好き」は探すより、思い出す
好きなことが分からないとき、私は無理に新しいことを探さなくてもいいと思っています。
それよりも、昔から何度も手に取ってきたもの。気づくと選んでいるもの。なぜか惹かれてしまうもの。
そんなものを振り返ってみる方が近道かもしれません。
私自身、
布や色を見る時間が好きです。素材屋さんや手芸屋さんに行くと、
何時間でも見ていられます。何か成果が出るわけではありません。
でも、好きな布を眺めたり、色の組み合わせを考えたりしていると、
「ああ、私はこういうものが好きだったな」
と思い出します。
好きなことというのは、新しく発見するものというより、
忘れていた自分を思い出す作業なのかもしれません。
まずは「快」を集めてみる
好きなことが分からないとき。
昔から何度も手に取ってきたもの。気づくと選んでいるもの。なぜか惹かれてしまうもの。
そんなものを振り返ってみる方が近道かもしれません。
私は布や色を見る時間が好きです。素材屋さんや手芸屋さんに行くと、何時間でも見ていられます。何か成果が出るわけではありません。
でも、好きな布を眺めたり、色の組み合わせを考えたりしていると、
「ああ、私はこういうものが好きだったな」
と思い出します。
好きなことというのは、新しく発見するものというより、
忘れていた自分を思い出す作業なのかもしれません。
もし今、好きなことが何も分からないなら、
・このコーヒー美味しいな
・この服を着ると落ち着くな
・この色を見ると安心するな
・この音楽は心地いいな
そんな小さな「快」を集めてみてください。
小さな心地よさを感じるたびに、
脳は「感覚を動かしても大丈夫なんだ」と安心していきます。
そうすると、少しずつ閉じていたアンテナが開き、本来のあなたの「好き」が戻ってきます。
好きなことが分からないのは、何もないからではありません。失ったのでもありません。
少し忘れているだけかもしれません。
少し心地よいものに触れることから始めてみませんか。
